無目的日記昼凪

暖かい日差しの中の海、波ひとつないどこまでも続く平穏な地平線

28
雨 バイト2

夜、アイジーのカウンターは相変わらず賑わっている
去年の緊急事態宣言のときも同じように人が集まっていて、でもなんだか不安げな、ひっそりとした空気があったな
2020年の4月のはじめ、スタジオの営業が終わって真夜中
ちょうどいろんなことが止まり出して混乱したり困惑したり 全てが急に延期になってしまったみたいな、ちょうどモラトリアムみたいな期間だった
朝まで酒を飲んでいても翌日の予定は何もなく、なんか明日もどうなるか分からないし、みたいな感じで
みんな何かに鬱憤が溜まりつつあった頃合いだった

もうずいぶんと酒を飲んでいる
なにげないふうを装って、ちょっとやってみよっかって言って始まる
ギターケースの中からアコギを引っ張り出して
「人の歌ひさしぶりにちゃんと練習するな」そう言ってたのしそう
ブースで仕事中の人まで引っ張り出してきて、ちょっとちょっとと言いながらハモりだすと熱中してしまう
こうじゃない? いやこっちじゃない? お前それ好きやな、ずっとそれやってるやん
三人が、適度な距離を保ったまま、三角形になって歌っていた そのバランスのうつくしいこと
わたしはそれを、酒を飲みながらずっと見ている
高校生の頃、軽音楽部だったころのことを思い出していた
手探りなんだけどみんなたのしそう そのうち形になってくる なんだろうこの感動って わたしが音楽を好きなだけなのかな わたしはいつもその渦中にはいないのだが それでも、だから? 音楽が好きだなとときどき強く思う
たぶんこの夜を忘れないと思った

アイジーにいると、あるいは酒を飲んでいると、ときどきああいうご褒美みたいなボーナスみたいな夜があって、そういう時間が愛おしくて大切で、宝箱にしまっておいた宝物みたいにときどき取り出して眺め、うやうやしく磨いてはまた仕舞う
だからわたしはいまだに夜更かしも酒もやめられないでいるんだな

カウンターの賑わいを背に、明日は朝からバイトなので一滴も飲まずに帰宅 偉い 偉いがつまらない
そういや去年のあの日はちょうど、新卒で入った会社を辞めてから3年くらいだらだらと続けたバイトを辞めた日だったんだっけ
雨の中自転車を漕ぎ、シャワーを浴び、同居人が揚げてくれたじゃがいもとハッシュドポテトを食べて寝る